選挙の日
私の母は投票に行かなかった。
小学校の低学年まで、私の身体は弱かった。小児喘息で保育園や学校を頻繁に早退した。そのために、母も余儀なく職場を早退した。アトピー性皮膚炎のために、皮膚が柔らかい間接の内側に常に瘡蓋を貼り付けていた。皮膚科と小児科に往復する日々を過ごした。
母の実母は私が1歳の時に失踪した。
そういった不遇にみまわれた母に親切にしたのは◦◦学会員だった。引っ越しが多かった幼・保育園の時代に、慣れない子育てと苦手な人間関係をなんとか、やろうとした母は親切な◦◦学会員に囲まれた。
保育園年長のとき、ある週末の夕方、家に知らない大人2-3人くらいがやってきた。しばらく話をしたあと、謎の仏壇と数珠を置いて帰っていった。
私の虚弱体質も、どんな不幸もそれらによって好転するという話だそうだ。その後、その大人たちと、関連施設に行く用事が数ヶ月に一度発生した。保育園のママ友から、母の職場、小学校の同級生の保護者、あらゆるコミュニティで◦◦学会員と繋がった。偶然だったんだろうか。
人付き合いに疲れた母が、なんとか彼らと距離をとっても、選挙のたびに連絡がきた。お茶に誘われた。子供を連れて出かけようと誘われた。 選挙があると、職場や家のそば、投票所のそばで、突然学会員の知人に、ママ友に、同僚に、声をかけられることも多くなり、母は投票に行かなくなった。
こういった関係は、私のアトピーや喘息が落ち着く小学校中学年くらいまで続いた。
このことをすっかり忘れていて、選挙のたびに私は「母は投票に積極的に行かなかったなあ。投票所に連れてってもらったこともあんまりないなぁ。政治とか興味なかったんかなー。若かったしなー。」とか、思い返していて、今日もその思い出をここに書くつもりでブラウザを開いたのだ。あー選挙の時期は苦労していたんだった。と、書き始めてようやく思い出した。記憶は儚い。